平成19年(2007)1月2日〜3日
家から歩いて5分でこの相模湾沿いの道路に着き、そのまま西に10分歩くと平塚中継所になる。
2日初日:往路。3区平塚中継所500m手前。少しでも順位を上げたい各校。
「ま、待て!」
専大の佐藤が日体大の野口を追うが届かず、平塚中継所には日体大5位、専大6位で入る。
「ま、まずい、抜かれた!」
とにかく選手達は速い。20kmを走ってきたとは思えないスピードで走り抜けていく。
中央学院大篠藤が、戸塚を17位でスタートした中央大の上野(区間賞)にここで一旦抜かれるが、
残り500mで抜き返し、中央学院大7位、中央大8位で平塚中継所に入る。
「奥村、がんばれ!」
残念ながら往路3区、最後のランナー国士館大の奥村だが、自分の名前を呼ばれ、残り500mを力走。
(胸に大学名を書いたゼッケンを着けているので、普通「○○大、頑張れ!」と声援されるが、
大学名ではなく、走っている自分の名前を叫ばれると、ランナーはとても嬉しいそうだ。)
往路の写真は以上3枚。
さて、3日:復路。
小1時間前に平塚中継所に陣取って撮影準備をする。
お巡りさんも「ぼちぼち、交通整理を・・・。」
来た来た!順天堂が1位で来た!
「1位でっせ、1位!」「分かってまっ!」
「た、たのむぞ!」「・・・ウン。」
4位の日体大が行った後、3分ほど時間が空く。
「早く来ねえかナー!」
しょうがねーなー、早稲田は。
「それー、行くぜー!」
「すまん、遅れた!」 中央学院大の大内選手が謝っていた。
読売新聞社主催「第1回私の箱根駅伝フォトコンテスト入賞作品」
長い駅伝の歴史の中で、今年初めて行われた写真コンテスト。
数点応募して、これが入賞しました。
「疲れた。」
「もう、だめだ・・・」
「あワワ・・・。」
「もう、走らなくてもいいのよ。」
「・・・あ、ハイ。」
「大丈夫よ、止まっていいのよ。」
「・・・・・あ、ハイ。」
「は、早く行け!」 「わかったよ、押すなよ!」
「それっ、また出番だ!」
「どこ?どこが苦しいの?」
「・・・・・・・・?」
「・・・・・!」
7区最後のランナー国士舘大の松木が8区を駆ける阿宗にタスキを託す。
「お、お前が頼みじゃ〜!」
「・・・ヘイ!」
「お、俺のことはかまわず、い、行ってくれ〜〜〜!」
「・・・・・もちろん!」
このランナーの鍛えぬかれた筋力を見よ!
テレビの動く画面では見ることが出来ない、写真ならではの一瞬の表情!(自画自賛)
走る選手達もそれは大変だが、それを支える人達、交通整理・OB・ボランティアの方・地元の人達・マスコミ、
大勢の力で毎年「箱根駅伝」が続いている。また、来年もお願いします!
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